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「出会いは実力だ」

 

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(2011.1.19 アジア・アフリカ図書館館長 西江雅之)

朝日新聞 2008.9.2 掲載
(画像・文章を朝日新聞社に無断で転載することを禁止します。)

 


中国 常州工学院との交流活動

2010年12月5日(日)から11日(土)まで、江蘇省の常州工学院へ行って来ました。日本語教育を行っている大学との交流が目的です。交流活動は、今年5月の黄岡師範大学(湖北省)に続き第二回目です。常州は、上海から西北へ車で約3時間の都市で、上海との間には蘇州、無錫などがあり、日本の企業も多く進出している中国の沿海部にあります。

 

大学の近くには、常州市庁舎、博物館、体育館など新しく立派な建物が並び、高層住宅もたくさん作られていました。市内でよく見かけたのは電動自転車です。普通の自転車の2~3倍ぐらいの値段で、あまり高くないので人気があるとのことでした。
交通手段で、学生たちに人気があるのがBRTと呼ばれる常州市の特別のバスです。専用レーンが決まっていて渋滞がなく便利です。途中で乗り換えても運賃は1元(1元=約13円)、しかも常州市のカードを使えば、1元の運賃は6角(1元=10角)とだいぶお得です。このBRTは女性運転手が多いのも特色だそうです。

 

常州工学院は、その名のとおり工学を中心とした大学で、大学構内を歩いていると9割以上が男子学生ですが、外国語学部の校舎に入ると9割が女子学生になります。ここで月曜から金曜までの一週間、授業を参観したり、特別講座を担当して授業を行ったりしました。また、学年ごとに交流の時間を設定していただき、学生と自由に話したり歌ったりもしました。歌の好きな学生が多く、自己紹介をしながら「歌います」と言って歌を歌ってくれる学生が何人もいました。みな日本語の歌詞をきちんと覚えていて、とても素敵だと思いました。常州の12月の気温は東京の冬と同じぐらいでしたが、大学には暖房がなく、学生も先生もコートを着たまま勉強しているのに最初は驚きました。

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教室の外でも、毎日の食事や市内見学に学生たちが交代で案内してくれ、いろいろな話を聞くことができました。学生たちは全員大学の寮に住んでいます。4年間、学校でも寮でも共に過ごし、時にはトラブルもあるようですが、多くは仲が良くて、まるで兄弟のようです。常州は日本企業も多く、日本料理店などもありますが、それでも日本語を勉強する環境としては、日本で勉強するようなわけには行きません。しかし、学生たちはなんとか会話が上手になるようにと努力していました。日本のアニメはもちろん最新情報もよく知っていて、すごいな、と感心しますが、家族に会いたかったり、恋人のことを考えたり、将来のことを考えて不安になったり、試験のために頑張ったりする、そんなところは本当に若者らしくて、心から応援したくなりました。

 

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(2011.01.05 日本語学科主任講師 長谷川公江 )

 


お茶会

昨年度の自由選択授業「茶道」を受講した姜智賢さん(43A)と金雅延さん(43A)は、選択授業終了後もお稽古を続けてきました。去る12月18日(土)には、先生のお宅でお茶会が催され、二人は大勢のお客さまにお茶を点ててもてなす、という大役を務めました。二人ともに菊の花の着物で大変美しく、緊張気味ではありましたが、身のこなしや言葉遣いも優美で、お茶の味もいっそうおいしく感じられました。一年の無事を感謝し、来年の平安を願う「無事」という書がかけられた部屋で、年末の慌ただしさを忘れるひと時でした。


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この日は、お茶だけでなく、きれいにしつらえられたお庭での生け花のデモンストレーションも同時進行で行われました。庭にある本格的なお茶室でお茶をいただくこともできました。お茶をいただいた後は、広いお座敷で和楽器(琴、小鼓、しの笛)の演奏を聞きました。AA語学院からは学生、教員合わせて17名が参加し、お茶をいただいた後で先生の指導で生け花に挑戦したり、琴や小鼓を演奏してみたりしました。他にも大勢のお客様がみえていて、和服を着た方や、外国の方もいました。まさに日本文化と、文化を仲立ちにした人々の交流を身を持って経験した一日でした。あたたかく、時に厳しく指導してくださった高橋先生に心より感謝いたします。

 

(2010.12.27 日本語学科主任講師 長谷川公江)

 

 

 


訃報 郭博先生御逝去

財団法人アジア・アフリカ文化財団 理事長 菊地 弘

 

悲しいお知らせであります。当法人の姉妹機関である中日文化研究所(略称、中文研)のかけがいのない後援者であられた郭博(かくはく)先生が上海の華東病院にて逝去されました。2010年12月13日のことであります。享年90歳でした。

先生は中国を代表する偉大な文化人郭沫若先生の御次男で、中日文化研究所に対しては、昭和22年の創立から今日に至るまで六十有余年にわたり物心両面からさまざまな支援の手をさしのべてこられました。

例えば研究所が創業当時から使っていた東京銀座の教文館ビルの事務所が家主の都合で移転しなければならなくなり、苦境に立っていた時に、郭博先生は東京新宿の西大久保にあった御自分の設計事務所を研究所のために直ちに提供して下さいました。おかげで中国語の講習会、中国事情の研究会、出版、展示、展覧会など研究所の活動は絶えることなく続けられたのです。

何より忘れてはならない先生の貢献は「沫若文庫」の創立事業であります。博先生の御尊父郭沫若先生は1928年に当時の政権の迫害を逃れて日本にわたり10年間、日本で亡命生活を送られました。この間に中国古代史研究を中心に、さまざまな学問的業績をあげられ、また文学的著述も多く残されました。

夫人の郭安那女史は旧姓を佐藤をとみといい、仙台伊達藩士の娘で、夫郭沫若の研究生活を支えつつ、郭和夫、郭博ら5人の子女の養育にはげんだのであります。新生中国の成立とともに日本の郭御一家は順次中国へ引き揚げられましたが、次男の博先生は最後まで日本に残り、家財の管理に当られました。

博先生は京都大学出身の一級建築士で、この分野では一家をなした技術者であります。その才能と経験を祖国で生かすため昭和31年に帰国の途につかれました。この時に父君郭沫若先生が研究著述に使われた書籍や資料、文具類を一括して中日文化研究所に寄贈されました。郭沫若先生の御意向によるものでした。

当時の中文研所長の菊地三郎先生はこれを受けて資料や書籍類を一括保存する「文庫」の設立を構想し、これが今日のアジア・アフリカ図書館として実現しました。図書館に加えてアジア・アフリカ語学院も設立され、これらを一括運営する組織として現在のアジア・アフリカ文化財団が発足したのです。

郭博先生の存在と御尽力がなかったら中文研も財団の存在もなかったかもしれません。先生はその意味で生みの親の1人であり、恩人でもあります。日中のかけ橋としての御生涯は両国の多くの友人や人民の心にいつまでも忘れ得ぬ足跡を刻みました。日中両国の永遠の友好を信じつつ、博先生の安らかな御冥福をお祈り申し上げます。

(2010年12月22日)

 


(株)ライセンス・アカデミー 進学相談会

 

12月9日(木)、日本語学科において、学内進路相談会(企画:(株)ライセンス・アカデミー)が実施されました。当日は、日本語レベル中級以上の学生が、授業の一環として参加、また、初級の学生も授業終了後に参加し、講師も含め90名近くの参加者で賑わいました。

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まず、「専門学校と大学で学べること(違いについて)」というテーマでガイダンスがあり、各自イメージを膨らませたあと、興味のある会場へ別れて行きました。

 

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第1部は、大学・大学院志望者向けに、「大学・大学院入試講演会(武蔵野大学)及び卒業生体験談」(学生ホール)が行われ、また、各種専門学校志望者向けには、「分科会Ⅰ」として、「ビジネス」、「情報処理・マンガ・ゲーム」、「映画・音楽・写真」、「インテリアデザイン・建築」、「調理・栄養士」、「旅行」等、大きく6つの分野に分け、各教室で説明会が行われました。そして、第2部の「分科会Ⅱ」では、“第1部で話を聞いた分野以外で、興味のある分野の話を聞いてみよう!”と試みました。普段、授業以外の場面で、日本語でまとまった話を聞く機会がなかなかない学生達にとって、良い経験になったのではないでしょうか。また、第3部の「分科会Ⅲ」では、数名ではありますが、初級の学生も参加し、中級の学生に通訳をしてもらう光景も見られました。(ちなみに、参加者数第1位は「大学・大学院進学」、次いで「ビジネス」でした。)

 

後日、学生に感想を聞いてみたところ、「(説明は)よくわかった。簡単だった。」「進路に直接関係なかったが、おもしろかった。興味がわいた。」「日本語の勉強だと思って一生懸命聞いた。」などの感想がある反面、「(説明が)早かった。」「興味のある分野(ファッションデザイン等)がなかったので残念だった。」「進路に直接関係がないので、面白くなかった。」などの声もありました。時期についても、「夏休み前だったらよかったのに…」という声も多く聞かれました。また、学生に交ざって参加した講師からは、「今までよく知らない分野の話が聞けてよかった。」「資格、就職等、具体的な話が聞けて良かった。」など、概ね好評だったようです。

 

最後に、ご来校いただいた各種専門学校の先生方からは、「積極的に質問してもらえてよかった。」というお言葉をいただくことができ、無事に閉会いたしました。武蔵野大学、各種専門学校の先生方、並びにライセンス・アカデミーのスタッフの皆様、どうもありがとうございました。

(2010.12.22 日本語学科専任講師 多胡純子)

 


中国図書の寄贈

12月15日。三鷹市在住の本庄創さんが来館。本庄さんは故・片山かず子さんの知人で、十数年前にはご両人とも当館に何度も足を運び、アジア・アフリカ諸国について勉強、その後は多くの国々を訪問なさったとのことです。今回の本庄さんの来館は、その片山さんが生前に中国で集めた書籍四〇冊ほどを当図書館に寄贈して下さるためでした。寄贈本の内容は、中国の気功と大極拳に関する研究書です。早速、整理して中国図書の棚に置かせていただくことにしました。片山さん、本庄さん、御厚意に感謝申し上げます。片山様のご冥福をお祈り申し上げます。

 

(2010.12.17 アジア・アフリカ図書館館長 西江雅之)

 


台湾出張レポート

先月11月25日から29日の5日間、学生募集のため台湾に出張しました。今回の出張では、台北の日本村さん、高雄では日新外語中心さんと櫻花日語学園さんで個別説明会を開催させていただきました。参加してくださったみなさん、そして説明の場を提供してくださった各留学センターのみなさん、どうもありがとうございました! また台北を中心に留学センターを訪問し情報交換させていただきました。みなさま貴重な時間をありがとうございました。

 

今回は空き時間を利用して卒業生とも会ってきました。みなさんの予定を無視して(笑)、一方的に私の予定に合わさせてしまい申し訳ありませんでした。おかげさまで、毎回とても美味しい食事にありつけました。(劉さん、高雄を案内してくださりどうもありがとうございました。打狗英國領事館からの美しい眺めは忘れられません!)

 

訪れるたびに台湾のことについて知らないことが多いと反省しています。これは普段から私たち自身(日本や日本人)にどれだけ興味を持っているかということとも関係があるような気がします。互いを比較し理解を深めるというのは単純かもしれませんがひとつの方法だと思います。その前に私の場合は中国語の学習ですかね!?

 

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 台湾のカキ氷をはじめて食べました。高雄はちょっと暑かったので美味でした。(老舗の高雄婆婆冰にて)

 

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花博(2010臺北國際花卉博覽會)、入場者数200万人突破おめでとうございます! 私が行ったときは確か109万人ぐらいでしたから、半月で100万人近く増えたのですね~。写真は有名人館。テレサ・テンの展示を見たかったのですが、その日の受付はすでに終了…

 

2011年4月生募集中!!

 

(2010.12.17事務局 野村隆志)

 


「北京の郭沫若記念館から来客」

12月7日、北京にある“郭沫若記念館”の副館長李焼虹さんと、同じく副館長である趙笑潔さんが来日し、当“沫若文庫”を訪問されました。お二人は,昨年の同じ時期にも来館されましたが、今回は二日間の余裕もあり、当館の収集資料をゆっくりと御覧になりました。また、当館では、財団理事長の菊地弘、常務理事の木村実季,図書館長の西江雅之、図書館司書の佐藤万矢子と共にひと時を過ごし、北京の郭沫若記念館と当館との今後の協力関係は如何にあるべきかということなどを、ざっくばらんに話し合う機会を持つことも出来ました。


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  中国の著名な文人で、新中国を代表する政治家の一人でもあった郭沫若が、日本で亡命生活を送られた時期(1928~37)に行った研究の資料や当時の著作などが、当“沫若文庫”には収集されていますが、特に著作類には自筆で書き入れた手沢(しゅたく)本が多く含まれており、それらは学術上も大変貴重な資料とされています。来館なされたお二人は、それらの資料を丹念に見てまわり、必要な箇所をカメラに収めたり、ノートに記録したりして、大きな収穫が得られたことを大変満足して帰国なさいました。

お二人が、特に注目なされた書籍には、

 

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などの古代文字研究、および、掛け軸(自筆の書)が数点、ガラスケース中の胸像などがあります。

なお、当日は、九州大学大学院で郭沫若の研究を続けておられる岸田憲也さんが通訳としてお二人に同行して下さいました。

 

2010/12/17 アジア・アフリカ図書館館長 西江雅之

 

 

 

 


多摩市立鶴牧中学校 上級学校訪問 [レポート]

11/26(金)の午前中に多摩市立鶴牧中学校の二年生の上級学校訪問を受けました。

10:00に到着した彼女達は早速アラビア語の体験授業を受け、「アラビア語の使われている地域」、「アラビア文字について」、「アラビア語の挨拶等」について学び、その後アジア・アフリカ語学院に関する質疑応答を行い、最後にアジア・アフリカ図書館の西江雅之館長に同図書館を案内してもらい、珍しい本の数々に目を輝かせていました。

 

○授業で学んだ挨拶の一部

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2010/12/08 事務局 吉井寛朗


第18回アジア・アフリカを知る集い まとめ [レポート]

 

11月20日にアジア・アフリカ図書館長である西江雅之先生の講演会がありました。

今回のテーマは「新しい言語の誕生」と題して、ピジン語、クレオル語についてお話いただきました。たくさんの方においでいただき、盛況でした。
簡単ではありますが、内容のまとめをいたしました。

世界には大小様々な8,500種~10,000種の言語があるとされますが、20年以内に数百の言語が地上から消える可能性があります。現在でも、ある言語は話す人が一人しかいない状況すら見られます。言語数が曖昧である理由としては、方言が数に入っていたり、同じ言語に呼び名がいくつもあったりするからです。また、日本語のように標準語がある言語は珍しい例です。

人間の歴史は、移動と接触の歴史です。今回の話題は、接触した二種以上の異なった言語が、接触の結果、仕組み(構造)が異なった言語を生み出すことになる話です。

・ピジン語  
民族移動、戦争、貿易、強制移動、奴隷貿易などで異言語を話す人同士が接触したときに、何も変化がない場合もありますが、二言語話者が登場することもあります。一方は母語、もう一方は(その場の用件のみに役立つ)第二言語という状態で、新しい言語が形成される場合もあります。それがピジン語です。場合によってはそのピジン語が全土に広がっていき、住民全体の母語になってしまうこともあります。深入りしたピジン語が住民全部の母語となるのです。それがクレオル語です。

・クレオル語 (Tok  Pisin, パプアニューギニアの言語)
単語の例:
meri 女 manmeri 皆さん pikiniki man 男の子 buk 本 haus sik 病院 
kaikai 食べ物(kaikai はポリネシア語)

文章の例:
わたしの妻は(体が)小さい。
Meri bilong mi i smolpela.  
 Meri 女, bilong は英語のof,  smolpela 英語のsmall fellowから。

ここにあげたのはほんの一例ですが、講演会では他にもさまざまな文例をあげて説明なさいました。

これによって興味がわいた方は、次回のアジア・アフリカを知る集いに是非足をお運びください。

 

(2010.11.20 アジア・アフリカ図書館 司書 佐藤万矢子)

 

 

 


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