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「第20回アジア・アフリカを知る集い」を終えて

社団法人中日文化研究所は、毎年2回、所内の研究会を開催しているが、そのうち1回は公開研究会として、例年、アジア・アフリカ図書館との共催で講演会を実施している。

今年は辛亥革命から100年という節目にあたるので、辛亥革命あるいは孫文をテーマとしたいと考えた。そこで、お招きした講師は、明治大学でアジア論などを教えておられる若き研究者、丸川哲史(まるかわてつし)教授である。講演のタイトルは「辛亥革命と明治維新及び五・四運動」であった。

 

教授は講演の冒頭に、孫文が自身の支持者であった犬養毅の入閣を知り、大正15年(1923年)に書き送った書簡の内容を紹介した。

 

「もともと明治維新は、実に支那革命の前因であり、支那革命は実に明治維新の後果であり、この二者は、もともと一貫したものなのです。それによって東亜の復興を図ったならば、その利害は相同しことなのです。……日本はどうして、中国革命に、欧州の武力主義をとり、わが国を嫌い、わが国を害するのでしょう。」

 

教授は、この一文から講演を始め、康有為による変法運動の挫折に触れつつ、孫文をはじめ多くの中国人が明治維新を近代化のモデルだと考えたことや、日本の中国への対応に失望した結果、孫文が容共に傾いていった経過などについて述べ、西洋列強の侵出への反応という意味で、明治維新と辛亥革命が同じ原風景を持ちながらも、日本の近代化が列強に追随する帝国主義の道を歩んだのに対して、中国が五・四運動を起点に列強の帝国主義を模倣しないという選択をしたと解説。“明治の精神”が第一次大戦で転換を図れず日中戦争へと進んだという日本近代化のストーリーと“五・四運動の精神”を国是とする中国近代化のストーリーとを比較しつつ、そこに含まれた“理念”抜きでは歴史は語れないと指摘した。

 

講演は、孫文にとっての明治維新から始まり、孔子の大同思想や日中の歴史の見方のタイプの違いという点で両国の歴史博物館の比較にまで及んだ。

辛亥革命から100年。東アジアの近代化を問いなおす時、「日中双方がお互いの歴史をどう批評しあうのか、相手方の視点を踏まえた相互運動としてこれを行うことが有効である」と締めくくった丸川教授のお話は、アジア・アフリカ図書館並びに中日文化研究所の創立の理念に相応しい素晴らしい講演であったといえる。

ちなみに、丸川教授には今回の講演に関係する著作として、『日中100年史―二つの近代を問い直す』(光文社新書、2006年)があるので紹介しておきたい。(2011年7月)

 

2011.07.22 堀中 浩(社団法人中日文化研究所 所長/明治大学名誉教授)